【エッセイ】

家族間の呼称――アメリカの場合

 


国広哲弥   


 1974年の9月から一年間アメリカに滞在する機会を与えられたとき、 私はアメリカの家族間の呼称はどうなっているのか調査してみたいと思った。 それも前半はニューヨーク州の Cornell 大学、後半はテキサス州の San Antonio にある Trinity 大学に所属したので、 北部と南部の地域差も分かるかもしれないと思った。  コーネルでは、アンケート調査票を作るときに日本語科主任のEleanor H. Jorden先生と相談し、階級差を知るために、 高校までの教育が公立であったか私立であったかを答えてもらう項目を入れた。階級を直接聞くことは出来ないので、 公立は一般庶民階級、私立は中流階級の子弟が通う傾向が強いという見通しに基づくものである。 ちょうどうまい具合にテキサスの場合 E. Bagby Atwood, The Regional Vocabulary of Texas (1962) という格好の資料があり、 それも利用することができた。この調査結果は「アメリカの親族呼称」と題して堀素子・F. C. パン編『ことばの社会性』 (文化評論出版、1981)に発表した。  太平洋戦争直後に見たアメリカ映画「小鹿物語」(The Yearling)(グレゴリー・ペック主演)の中で初めて出会った ‘Pa, Ma’ という父母への呼称は今でもかすかに生き残っており、特に南部の老年層に多かった。 ジョーデン先生は Father は呼称としては絶対に使わないと、断言したのであるが、 この調査では全地域を通じて僅かながら使われている。 アメリカ映画「ある愛の詩」(The Love Story) の中で、オニールが演じる息子が冷え切った関係にあるレイ・ミランドの演じる父親に ‘Father’ と呼びかける場面が印象に残っている。今回の調査では、たまに使うことがあるが、 それは自分が怒っていたり、いらいらしていたりする場合に限られるという報告があった。  特に同情を禁じ得ないのは、お嫁さんがしゅうとに呼びかけるとき、Mr., Mrs. は他人行儀で使えないし、 ファーストネームはなれなれし過ぎるし、Mom, Pop も抵抗があり、使う言葉がなく、 特に電話で相手を確かめるとき何と言っていいか分からなくて困っているということである。 但しこれは大学教師などの中流以上の場合で、庶民階級ではあっけらかんと Pop, Mom を使うようである。  英語には「お母さん」を指す呼称として、Mom と Mum がある。一般には前者がアメリカ形、 後者がイギリス形といわれているが、アメリカでは Mom が庶民形、Mum が中流形と考えている親がいる。 ジョウデン先生は中学生の娘さんに Mum と呼んでほしいのに、級友が全部 Mom なのでそっちを使っていて、 そう呼ばれるのは震え上がるほどいやなのだ、と言っていたが、 東部の寄宿学校(大学進学学校)に進学したら級友がみんな Mum なのでそっちに切り替えたいのだけれどいいかという手紙をくれたといって、 とても喜んでいた。ここから、民主主義国アメリカにも階級差があることがわかる。

2009年4月
 

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